5Gアンテナテクノロジーの課題

祖父の時代のガレージで見た、アマチュア無線機と巨大なアンテナとは大きく姿の異なる、現代の5Gアンテナが開くまったく新しい世界。

モレックスが最近実施した調査「5Gの現状」で、5G展開の複雑さや難しさ、そして多くの未確定要素が関連していることが明らかになりました。話題として目立つことはなくとも重要な要素の1つが、モバイルアンテナです。

5G向けアンテナ設計の難しさを十分に理解するには、電波塔とデバイスに内蔵するアンテナの設計の両方の視点から全体像を見てみる必要があります。上から順に説明していくと、この業界は現在、ノンスタンドアロン (NSA) のNew Radio (NR) を用いてsub-6GHz周波数で3Gと4Gのサポートを続けつつ前進するという折衷した形で進行しています。しかし5G通信の長期的な目標は、sub-6GHzと24GHz ~ 100GHzの周波数スペクトラムを組み合わせで使用することです。無線設計者にとって根本的に難しいのは、周波数帯が高くなると、波長が短くなることです。このことによって特にアンテナの設計が難しくなります。

5Gには、特に比較的高い周波数のミリ波(mmWave)の分野で未知の部分があります。過去に遡ってみると、この周波数帯は「減衰」までの伝播距離が数百メートルから最大でも1キロメートルまでと短いために、地上通信用に用いられていました。気象変化や少しでも湿った木々があっても、容易に減衰してしまうのがこの周波数帯の特徴です。5Gのうたい文句には、多くのユーザーが首をかしげてしまうところがあります。

トレードオフ

5Gの導入には、明らかにトレードオフが伴います。ミリ波の高周波数帯では、データのスループットは上がりますが、信号の伝播は障害に弱くなります。これが、技術者が直面する現象であるマルチパス (通信が途切れる)、パスロス (電力の減衰)、パケットロス (ネットワークの転送経路の途上で喪失) と言われるものです。そのため、多様な基地局および小型基地局 (フェムト、マクロ、ナノ、およびピコセル) の導入、新設が急務となります。

これら基地局と小型基地局に欠かせないコアコンポーネントは、アンテナアレイ、すなわち送受信の両方を担う複数のアンテナです。この技術はイニシャルを取ってMIMO (Multiple Input, Multiple Output) と呼ばれています。技術そのものは新しいものではありません。

MIMOは基本的には、信号が建物に侵入してドアや窓、エレベーターシャフト等から出ようとしたときに反射が発生し、その過程で信号が途切れるマルチパスに対応する技術です。MIMOはこの混乱した信号を複数のアンテナを介してまとめ、ひとまとまりのデータとして転送します。大まかに言って、これがいわゆる”Massive MIMO”です。モレックスでは、これまでに蓄積したノウハウと数十年にわたるアンテナ設計の知見を活用しながら、この分野の研究に特に力を入れて進めています。sub-6GHz通信での4 x 4 MIMOの活用、そしてミリ波5G での2 x 2 MIMOの活用を期待できます。

指向性の問題

電波は本来、水に投げ込んだ石の波紋のように伝播するものです。アンテナを石に例えると、電波の波は、石が投げ入れられた際に生じる水面の波形のように円形に広がっていきます。

しかしながら、ミリ波である5Gにおいては周波数がさらに高くなることによってRF伝播の指向性が強化されることもあり、「5Gの現状」調査の回答者4分の1以上が、ミリ波の伝播の問題によって課題が生じている (26%) ことを指摘しています。これをふまえると、このほぼ”Line-of-Sight”(無線通信における送信機と受信機の間を結ぶ直線距離) 伝播の性質を持つミリ波から可能最大限のメリットを得ようとすれば、アンテナ設計の重要性が極めて大きくなります。MIMOを実際に、非常に高度なアンテナ設計に取り入れると、マルチパスを緩和するだけでなく、“massive MIMO”の手法を使って「ビームフォーミング」や「ビームステアリング」を行い、このミリ波の指向性をユーザーにとっての利点に変えることもできると考えられるのです。

勿論、通信も人間も建物も密集する「密集した都会」の環境で5G基地局が邪魔になることはないとしても、5Gアンテナは比較的小さいものであるべきです。幸い、そのようになる可能性は高いです。

5Gを手の中に

5G対応の民生用モバイルデバイスに関して言えば、現行のsub-6GHzに加えてミリ波の周波数帯が加わることで、より複雑性が増しRFフロントエンドは混雑していきます。そうなると、アンテナを含む追加のアクティブおよびパッシブコンポーネントには、単なる小型化ではなくミニチュア化が必要となり、他の複数の無線コンポーネントとの間に干渉やクロストークを発生させることなく共存させる必要も出てきます。5Gの消費者が今後もスマートフォンには薄型かつ高い接続信頼性を希望し続けるならば、R&Dの課題は膨大に、さらにその達成は何年も先のことになるでしょう。

いかに実現するか?

既にモレックスは、RF Flex to Boardコンポーネントおよび3Dアンテナ等、RFフロントエンドのコンポーネントのミニチュア化の革新技術で、半導体設計者、スマートフォンOEM、メーカー、キャリア、R&Dラボとの積極的に協力を進めています。

「5Gの現状」調査でわかったことは、5Gの展開の成功までの道のりは複雑かつ入り組んだものになり、多数の不確定要素も関係するということでした。基板に使用するハンダの銀にさえ反射してアンテナになりえるという話も、エンジニアの立場からは驚くことではありません。高周波帯の5G/ミリ波において重要な問題は、デバイスプラスアンテナの共振の性能だけに限られるものではなく、アンテナのカバーも問題になります。

カバーが金属、ガラス、あるいはセラミックであっても電気的には薄くはなく、このことがアンテナの放射効率に顕著な影響を及ぼします。また、ユーザーの使い勝手から見たアンテナの搭載場所も、ミリ波の伝播および受信には大きく影響します。

言うまでもなく、R&Dエンジニアはこれに対する策を考えています。カバー素材の慎重な設計およびアンテナシステムとの統合で、モバイルデバイスのアンテナの放射パターンを最適化することが可能です。さらに、開口やインピーダンスチューニングといったアンテナのチューニング技術も、広い帯域幅でシグナルゲインを向上し、バッテリー寿命を改善します。

5Gおよび追加のセルラー周波数帯においては、キャリアアグリゲーション (CA) がより高次になる可能性があるため、アンテナチューニングシステムはより多くのチューナー状態をサポートし、チューナーあたりの周波数帯も広範になる必要があります。

5G展開における他の多くの要素と同様に、アンテナ技術の進展も改革的にではなく現実的に徐々に進むものになるはずです。このあたりが、長年にわたり世界の多くの地域と業界領域における実用的な知見を持つモレックスの、製品およびRFシステム製造に関する専門知識が活かせる場面であり、5Gを運用面でも現実的なものにし、各メーカーによる薄型スマートフォンの消費者への提供に大きく貢献できるものであると考えています。

Director of Core Products, Micro Solutions