インダストリー4.0を、自動車生産における新たなコストリーダーシップ戦略の中心に

かつて組み立てや溶接にしかロボットを使っていなかった工場が、インダストリー4.0によって、いかにして卓越した高効率の工場に姿を変えていくのか。その道筋を語る上で、自動車生産ラインの自動化は一つの好例であると言えます。 自動車生産ラインの自動化は一足飛びには実現しないであろうと考えられておりますが、自動車の生産装置や制御技術の分野は、今あらためて、効率化の余地ある分野として注目されています。

ときには、自分がもし特定業界のサプライヤー等に対して将来取り組むべきプロジェクトや投資に関する有益なアドバイスを提供するとしたら、どのようにするだろうなどと考えてみることも、ベンチマーキング[改善基準を考えること]の良い練習になるかもしれません。さて、3~5年後の自動車製造の姿はどのように変わっているでしょう。多くの人は、自動車業界はインダストリー4.0実現に向けた変化を先導する業界と見ています。

多くの関係者の見方にこのような傾向があることは、モレックスがDimensional Researchと共同で最近実施したSインダストリー4.0の現状調査の結果から明らかになりました。この調査では回答者の100%が、インダストリー4.0の能力は自社にとって有益だと回答しています。彼ら業界関係者は、当然ながら、より良い製品を生産 (69%) することがインダストリー4.0導入の目標であるが、同時にコスト削減も進めたい (58%) と回答しています。またこの移行を後押しする要素の上位回答としては、インダストリー4.0のコスト構造と、それに伴う価値提案が挙げられました。

調査の回答からは、関連テクノロジーへの期待も自信も十分に見て取れます。80%を超える回答者が、ロボットや機械、その他製造資産の効率が飛躍的に高まることによって相当の利益を達成できる (58%) との理解に基づき、今後5年以内にはインダストリー4.0の目標を達成するであろうと回答しています。また、回答者の50%以上が、生産ラインの柔軟性を高めることが不可欠であると回答しています。 

自動車の進化
長い年月を振り返ってみて、おそらくほかのどの分野よりも社会文化的な課題の影響を多く受けながら進化してきたのが、自動車分野であり、その時代のあらゆる社会や文化的な要求が現在の自動車の姿を形作る重要な役割を果たしてきたと言えます。戦後の日本においては、燃費の追求など、リーン生産方式などにもつながる効率化が押し進められ、アジア圏内の自動車業界のパワーバランスを変えました。最近の技術である自動運転車と電気自動車 (EV) の領域においては、また大きなパワーシフトが見られ、バッテリー管理システムおよび関連テクノロジーの分野における中国の影響力が目立つようになってきています。

注目すべきは、文化の違いが生産工場の操業に与える影響です。欧米地域の企業が、高度に標準化された管理基準を細部にまで文書化して運用する傾向がある一方で、アジア地域においては全社共通の標準を守るよりも、工場長などが地域の要求に合わせた独自の基準を作る傾向があります。このような比較的オープンな運用姿勢には、コストとベネフィットの両方を伴います。一工場独自の基準を持つことは、生産工程での実験的な取り組みやイノベーションの数を増やすことに貢献します。このようなアプローチは、インダストリー4.0に対応した各テクノロジーの採用の加速にもつながります。同時に、一つの組織や工場の管理戦略が頻繁に変わるとなると、雑多な管理システムのコストが嵩み、増えた予備部品の在庫管理コスト、そしてこれらを管理するスキルを養成する教育コストまでが積み重なり、結果としてコストが高くつくということになります。

自動車メーカーの地理的な位置や企業文化の違いに関わらず、一つ確かなことは、インダストリー4.0関連テクノロジーへの移行は、グローバルな規模で進行しているということです。

ダウンタイムによるコストのムダをなくす
生産ラインの円滑な稼働の維持とダウンタイムの削減は、メーカーにとっての長年の目標ですが、数字を見てみると、自動車工場のダウンタイムコストは他分野に比べて高くなっています。事実、Thomasnetの調査では、ダウンタイムのコストは最大で1分あたり22,000ドル*と概算され、このコストが生産ラインの稼働を継続させるための多くのソリューション開発を促す元となっているとしています。このダウンタイムのコストと、世界中の自動車生産の規模と複雑性とが組み合わさり大きな促進剤となって、自動車制御システムのエンジニアや組立ラインメーカー、機械メーカー、制御装置サプライヤー、構成部品サプライヤーらの協働による自動車関連技術が長年にわたり進化してきました。

モレックスは産業用接続ソリューションのサプライヤーとして、ダウンタイムの削減に貢献しています。例えば弊社のBRAD製品群は、北米の自動車業界に「プラグアンドプレイ」(そのまま使える) 配線のコンセプトを広めるきっかけとなった製品ですが、大幅なコスト削減効果が認められて、業界標準として広くご利用いただけるようになっています。

ダウンタイムは常に大きな問題ではありますが、原因を見つけること自体は難しいことではありません。従来型の自動車組立ラインでは、ラインが止まると少なくともほかの10工程が同時に止まっていました。このため、とりわけ自動車生産ラインの自動化の専門家は常に、10年先を見ながら、最小限のダウンタイムでいかにラインを稼働させるかを考えています。

インダストリー4.0 — ダウンタイムの低減とプラグアンドプレイを次のレベルへ
インダストリー4.0が基本的に何を実現するかといえば、工場全体に設置した通信設備とセンサー、そしてコントロール装置やエッジデバイス、クラウドにあるコンピューティングリソースから収集されたデータの、リアルタイムの可用性です。文字通りのリアルタイムのオペレーションは達成できない一方で、現状ではイーサネット通信の通信速度の向上によってデータ転送速度が上昇し、同時に確実性の高いパフォーマンスレベルを維持しています。これには20年前のイーサネットを知る経験者も驚いているところです。

 自動車業界におけるインダストリー4.0の主な使用事例の一つに、ダウンタイム短縮が挙げられていることと、ダウンタイムのコストを考えれば、このような努力も当然のことと言えるでしょう。このリアルタイムの組立ラインデータ収集が例外的に可能なことではなく当たり前のことになれば、自動車業界のエンドユーザーやサプライヤーがこの技術を用いて、個々の制御装置や通信インフラストラクチャ、配電系統に関する診断内容を監視し、生産停止に至らせるような装置やインフラストラクチャの故障を予防、予知できるようになります。スマートデバイスおよびエッジデバイスにおいて、コンピューティング能力の可用性向上というメリットが加わると共に、予知・予防保全モデルの改善にAIを役立てることによって、インダストリー4.0のテクノロジーが最終的には、ダウンタイムを低減し、生産効率の劇的改善に貢献するに違いありません。いくつかの調査によると、平均的な製造工場で発生するダウンタイムは年間にして800時間**とされています。この点を考慮すると、自動車生産にインダストリー4.0テクノロジーを用いて予測・予防保全を実施することで、このダウンタイムによるムダを排していけることが期待できます。

フレキシブルなマニュファクチャリングを促進
私たちが自宅で使っているような、スマートフォン画面に表示される手順に沿って簡単に設定可能なスマートデバイスとは異なり、今ある自動化および制御システムとその周辺装置を効率的に安全に動かすには、いまだ、熟練者による多くのマニュアルプログラミングと設定作業が必要です。加えて、現状の制御システムは依然として、相当部分がPLC (プログラマブル・ロジック・コントローラ) 中心に構成、制御されており、特定のプロトコルに依存したままとなっています。ぴったり同一のシステムと装置構成を使用するのでない限り、プログラミングとソフトウェアを複数ジョブ間で再利用できないという現状も、一つの負担となっています。モレックスではこのような部分も、インダストリー4.0で価値を創造できる機会であると考えています。

弊社は自動車業界においては、産業用接続製品ならびにサービスのサプライヤーとして広く認知いただいておりますが、ほかにも多くの自動車生産に関連する制御機器やロボットのサプライヤー企業向けに、産業用通信テクノロジーの供給を行っています。また同様に、自動車の自動生産ラインで用いられる各種装置向けの製品にも、プラグアンドプレイの配線システムを採り入れ、生産ライン上に搭載する装置の交換の簡素化を実現しています。弊社では、インダストリー4.0を、プログラミングと設定の手間なしで全体の制御システムに統合可能なデバイスとソフトウェアベースのエンジニアリングツールとを組み合わせた、業界標準の通信プロトコルに基づいたハードウェアソリューションを開発する機会と捉えています。最終的に目指すのは、配線レベルでのプラグアンドプレイでなく、自動化システムのプラグアンドプレイです。 

制御システムのプロセッサコアにデバイス情報が自動的に入力され、設定のしやすさや処理の面でスマートフォンに近い動作が可能になることを想像してみてください。有線/無線ネットワーク (産業用イーサネットプロトコルを用いた通信、WiFi、4G/5G、Bluetooth) や他のデバイスとも容易な通信が可能になります。様々なアプリをインストールし、1台のデバイスで複数の制御、監視、分析機能のサポートができるようにします。将来的には現在私たちがメーカーやモデル、アプリの異なるスマートフォン同士でも通話やメッセージ交換できるのと同様に、同一のオープンな仕組みの中で、全体の制御システムのパフォーマンスを犠牲にすることなく、互いに通信しデータを共有し合う制御装置の実現を想定しています。

 モレックスではハードウェアの視点から、FAM (フレキシブルオートメーションモジュール) でこのビジョンの実現を目指しています。自動車の自動生産ラインのプラットフォームを構成する、中心的なビルディングブロックであるFAMでは、接続および制御システムの構成やカスタマイズを容易に行うことができます。自律する自動化された「島」を作って分散制御を可能とし、産業向けのモノのインターネット (IIoT) アプリを実装して、柔軟なモジュール式のコネクテッドな製造機械の開発をより短時間で行うことが可能になります。しかもFAMは、顧客先工場が制御用に採用するエコシステムの種類を問いません。むしろ、制御システムの種類は自動化の促進を左右する決定的要素ではなくなるのです。

弊社がソフトウェアエンジニアリング企業への飛躍を続け、アーキテクチャとの切り離しを進めていけば、最終的には、生産ラインの再設計や装置の交換よりもソフトウェアとデバイスの構成変更で対応可能な部分が増えていき、多品種に対応可能な自動車生産ラインへの変更も進みやすくなるのではないかと考えています。重要なのは、このようなアプローチによって、ハードウェアの選択肢が増えるという柔軟性と、プロジェクト間で開発資源の再利用が可能になることによって制御システムの拡張性が実現することです。このプラグアンドプレイ概念の導入で、スピードとカスタマイズ性が飛躍的に向上するでしょう。

このような進歩をすべて考え合わせると、自動車業界はインダストリー4.0実現への課題解決の最前線にあると言ってもよく、インダストリー4.0導入により最も多くのメリットを実現できる分野だと言えます。車両全体のシャーシ成形の部分では既に実験が進んでいます。また、従来の産業用ベルトコンベア方式においては、組み立てや溶接などの定型的な作業以外にも、さまざまな役割を果たすロボットの革新的な利用法が注目されています。自動化された未来の自動車生産ラインは、一朝一夕に実現するものではありません。現状では、一部の企業が個々に生産ラインの合理化の試みを進めているところで、ラインの開発は少しずつ進んでいくものと考えられます。

インダストリー4.0でダウンタイムコスト削減の壁を越える
数十年にわたり、生産ラインのダウンタイム短縮とコスト削減に貢献する製品やサービスを提供してきたモレックスでは、自動車業界でインダストリー4.0導入を進めることで、さらなるコスト削減を目指していきたいと考えています。コスト削減を達成する手段は、2つあります。1つ目が、ロボットや制御装置、インテグレーター、機械メーカー各社の製品向けに、インダストリー4.0の実現に必要な通信および制御機能の統合を可能にするテクノロジーを提供することです。これには、セキュリティの有無を問わない通信/制御機能や、リモート監視と診断に対応するリモートアクセス機能、IO、クラウド接続といった機能をシステムに追加すること等を含み、最終的にはXaaS (X as a service, クラウドで提供する様々なサービス) のビジネスモデルの実装までを含みます。2つ目が、エンドユーザーである顧客のインダストリー4.0の目標達成を補う、FAM等の制御装置のサプライヤーとしての役割です。これら2領域においてより柔軟なソリューションとデバイスを提供することで、自動車業界において実現可能なコスト削減の可能性は先に述べてきたよりも、さらに広がると考えています。柔軟性と拡張性の向上は、装置や機器のサプライヤーにおけるエンジニアリングコストの低減、ならびに新規システムの市販までの時間短縮の実現、そして最終的には自動車生産設備のエンドユーザーにおける設備コストおよび総所有コスト (TCO) の削減を意味するとも言えるでしょう。

インダストリー4.0によって自動車業界における自動化を次の進化のフェーズに進める過程においては、いくつかの興味深い動きが見えてきます。まず問題は、どの自動車メーカーが最初にインダストリー4.0による利益を実現するかです。同時に、世界の自動車業界へ製品を供給している制御装置やデバイスのメーカーの間では、インダストリー4.0関連技術の供給元としてのリーダーシップ確立の争いが、また、超巨大メーカー間でもグローバルでの競争が行われています。いずれにしても競争は激しいものですが、私達の目から見ても、自動車産業の自動化に携わる者にとってはエキサイティングな時代です。最終的には、このインダストリー4.0は、価格競争力のある高性能な良いクルマの生産を可能にする、という恩恵をすべての関係者にもたらすものであると考えています。

https://news.thomasnet.com/companystory/downtime-costs-auto-industry-22k-minute-survey-481017

** “Midea completes acquisition of German robot maker Kuka”
https://www.spglobal.com/marketintelligence/en/news-insights/trending/gjozjwvrkhepx0jql2sshw2

*** “Manufacturing Downtime Cost Reduction with Predictive Maintenance”

Senior Manager, Business Development