セキュリティ、ユーザビリティ、サステナビリティ:医療機器におけるデザイン原則を学ぶ

今日のエンジニアは、ユーザビリティやセキュリティをはじめ、世界中に蓄積される大量の電子機器廃棄物の削減に至るまで、幅広い枠組みで責任ある設計を行うようになっています。

設計者は、図面上だけでなく、製品が発売された後もその影響を懸念しています。モレックスとDigi-keyが最近行ったグローバル調査 “Design Engineer Tell-All: : 破壊の時代に起こるイノベーションの進化,” では、85%の設計エンジニアが設計が承認された後でも責任を感じていると回答し、80%がもう少し時間があればもっと良くなると分かっている設計をリリースするのは苦痛だと感じていることが分かっています。

小さな不具合が患者の健康状態に影響を及ぼす可能性のある医療機器の開発者ほど、設計の責任を痛感している人はいないでしょう。  この記事では、Phillips-Medisize社のプラットフォーム管理およびイノベーション担当共同ディレクターであるIain Simpson氏とTony Bedford氏に、医療機器に責任ある設計原則を活用する際の課題と、それを管理するためにエンジニアリングチームがどのように進化しているかについて話を伺いました。

セキュリティの難問

医療機器にとって、安全・安心でプライベートな運用は常に最重要課題でした。しかし、ソフトウェア主導のプロセスと接続されたデバイスがますます複雑になる今日の環境では、それを確保することがはるかに大きな課題となっています。

実際、新しいポータルができるたびに、サイバー犯罪者は新たな攻撃を仕掛ける機会を得ています。そして、デバイスメーカーもセキュリティを強化するようになりました。しかし、「これらの対策にはコストがどうしてもかかってしまいます。」とシンプソン氏は言います。

さらに彼は次のように述べています。「私たちは、サイバーセキュリティの管理によってデバイスをロックしておこうとしていますが、そうすることでいくつかの利点も失われています。例えば、遠隔操作で新機能を搭載した機器をアップデートしたり、患者さんの薬の量を変更したりすることは素晴らしいことですが、こうしたことを行うにはリスクが伴います。技術革新の範囲内で自らを位置づけるには、非常に慎重でなければなりません。」

もう一つの課題は、相互運用性です。機器が安全かつ効果的に情報を共有できれば、患者さんのケアを向上させ、エラーや有害事象を減らし、イノベーションを促進することができます。  しかし、機器や部品は、共通の規格がなければうまく通信できないことが多く、その規格はまだ十分に整備されていません。特に部品は、グレーゾーンに属します。

FDA (アメリカ食品医薬品局)は現在、製造基準の規制案についてコメントを求めていますが、医療機器は種類が多いため、その勧告は意図的に幅広く一般的なものとなっており、詳細については設計者に委ねられているのが実情です。

コラボレーションは非常に重要です。モレックスの調査では、設計エンジニアの92%が、コラボレーションスキルは技術的専門知識と同じくらい重要であると回答しています。

明確な規格がない中で前進するために、多くの医療機器エンジニアは、ソフトウェア部品表 (SBOM)、つまり機器に含まれるすべてのソフトウェアコンポーネントの詳細なリストを作成しています。SBOMを比較することで、メーカー、バイヤー、オペレーターは、ソフトウェアの互換性の問題やセキュリティの脆弱性を特定し、軽減するために協力し合うことができます。

ユーザビリティへのプレッシャー

消費者がスマートフォンやノートPCで体験する使いやすさは、医療機器メーカーに高いハードルをもたらしているといえます。実際、モレックスの調査によると、設計エンジニアの43%が、顧客の期待の高まりが設計作業を複雑にしていると回答しています。  「ユーザーエクスペリエンスは、突然、より重要になったのです。デバイスの動作が気に入らなかったり、使いにくいと感じたりすると、ユーザーはそのデバイスを使用しなくなります。医療機器メーカーにとって、これは本当に難しいことです。」とベドフォード氏は述べています。

さらに医療機器設計者は、長年にわたるユーザー調査に基づく反復作業ではなく、ゼロからの設計をスタートさせざるえないこともしばしばです。また、広く普及している医療機器であっても、必ずしもその水準に達しているとは限りません。2020年に行われた、血圧計とパルスオキシメーターの消費者操作に関する学術調査では、「どちらの機器も使い勝手が悪い」ことが判明しました。

この研究は、健康なボランティアを対象に行われました。しかし、急性期の患者にとっては、さらに悪い結果になる可能性があることは肝に銘じておくべき、と研究者は警告しています。「 実際、患者は痛み、吐き気、ストレスを伴う術後の状況にあり、自宅で機器を使用するために家族の助けを必要とすることが多いでしょう。」

また、医療現場では危険な行為となる、デバイスを実験する傾向があることも、そのしわ寄せの一つです。「携帯電話であれば、設定をいじってうまくいくようにすることができます。しかし医療機器では、間違って注射を打ってしまうかもしれません。それはあってはならないことです。」とベドフォード氏は言います。

ユーザビリティの改善ペースを上げるために、エンジニアはアジャイル開発プロセスを採用するようになってきています。モレックスの調査では、設計エンジニアチームの半数以上が、アジャイル手法、継続的イノベーション/継続的デリバリープロセス、またはその両方を採用していると回答しています。

アジャイル開発と継続的インテグレーションにより、設計者はより頻繁にコードを変更することができ、コラボレーションを強化し、設計を向上させることができます。また、このプロセスでは、定期的なサイバーセキュリティのレビューも可能で、土壇場でのプレッシャーやバグだらけの初期リリースを避けることができます。

また、多様性のあるチームを編成することも、設計の改善に役立ちます。異なるタイプの専門知識を持つエンジニアが洞察を共有することで、製品全体が改善されます。モレックスの最近の調査によると、近年、設計者の約半数が専門分野に深い専門知識を持つエンジニアを加えています。 

モレックスの子会社である Phillips-Medisizeでは、多様なバックグラウンドを持つエンジニアが、UX (ユーザーエクスペリエンス)チームの視点を広げるのに役立っています。

「私たちは、消費者向け製品のデザインに携わってきた人を含む、ユーザーエクスペリエンスデザイナーを育成し、その知識を横展開しています」とシンプトン氏は言います。「コンシューマー向け製品は、魅力的な体験を生み出すためにデザインされています。医療機器にも、そのようなものを求めてはどうでしょうか。」

サステナビリティ、リサイクル、および使い捨て

責任あるデザインの3つ目の柱は、環境の持続可能性を促進することです。医療機器の分野では、従来は焼却炉に運ばれていた機器をリサイクルすることが多くなっています。

「医療機器業界は成長しました。業界は成長し、使い捨ての製品をなくすことに重点を置いています」とシンプソン氏は言います。

近年、リサイクル率は上昇傾向にあります。医療機器再処理業者協会によると、2020年には病院の100%が使い捨ての医療機器を再処理して使用し、約3,200万個の機器が廃棄物の流れから取り除かれることになります。材料を再利用することで、設計者はより持続可能なソリューションを開発することができ、使用量当たりのコストを下げ、新しい機能の実装をサポートすることができます。

 「電子機器と接続性を追加することで、より多くの機能を備えたより良い製品を作ることができ、リアルタイムで収集・共有される実用的なデータに基づいて、患者の関与とサポートを改善する可能性があります。しかし、その際には、サステナビリティへの影響を考慮する必要があります。」とシンプソン氏は言います。 電子機器を含む機器では、リサイクルが常に可能であったり、経済的に実現可能であるとは限りません。メーカーは、有害物質から環境と健康を守り、廃棄物とその環境への悪影響を最小限に抑えるために作られたIEC 60601-1-9などの環境規制に従って適切に廃棄する必要があります。使い捨ての機器に電子機器を組み込むと、それがもたらす利点を大幅に上回るような形で環境への影響が大きくなります。しかし、再利用可能なデバイスであれば、その負担は複数の用途で共有されるため、コストを削減し、注入あたりのコストで持続可能性を大幅に向上させることができます。

スマートデバイスを責任を持って廃棄することは、機密データの適切な破棄を保証することでもあります。HIPAA (Health Insurance Portability and Accountability Act:医療保険の相互運用性と責任に関する法律) では、物理的なデバイスの廃棄に関する要件を定義していませんが、デバイスに含まれる保護されるべき医療情報を、デバイスのライフサイクル中(使用終了時を含む)常に管理することを求めています。

医療機器メーカーにとって、責任ある設計の原則に従うことは複雑なことであり、多額の規制と不明瞭な基準の中で仕事をしています。その結果、消費者がアップグレードを要求している時に、不確実性によって進歩が遅れる可能性があります。しかし、多様なチームを編成し、アジャイルデザインの原則を採用することで、設計者はセキュリティ、ユーザビリティ、持続可能性のバランスを取る方法を見つけることができ、小さくても継続的な改善でイノベーションへの道を切り開くことができます。